真贋と評判についての考察

才能あふれる料理人がいた。
彼は厳しい修行を終え、ようやく街外れに自分の店を持った。
舌の肥えた客たちよって、彼の店は徐々に有名となっていき来店者も増えていく。
厨房は忙しさを増すが、彼はひとりで過酷な環境に耐えていた。
人気が出て融資も受けられたので、最初に出店した土地から一等地に移転し店も大きくした。
料理人としての彼の名声はマスコミにも採り上げられ、来客はますます増えていく。
彼は自分でも気づかぬうちに、メディアの作り上げた虚像に自分自身を合せることに追われるようになっていた。
テレビ番組の企画で知り合った女性タレントと付き合うようにもなった。
彼は疲労困憊していたが、苦労して手に入れた「名声」を失うことを懼れた。
厨房は彼ひとりの「舞台」と化し、仕事を休むことなど考えられなかった。
あまりの忙しさのなか、ふと出来心で化学調味料の力を借りた。
誰にも気づかれなかった。
それ以来、化学調味料の使用頻度が増えていった。
スタッフの給料が跳ね上がるとともに、厨房の様子については箝口令が布かれた。
初期の顧客は「味が落ちた」と店に来なくなったが、高級有名店となった彼の店の予約は常に満杯だった。
彼はすっかり裕福となり、女性の交友関係も増えていき、恋人だった女性タレントとは疎遠になっていった。
その女性タレントは彼の気持ちが冷めてしまったことを恨み、また彼女自身の売名行為の意図もあって、彼のスタッフのひとりを買収して証拠を押さえ、彼の料理に多くの化学調味料が使われているという情報をメディアに売った。
このニュースはまたたくまに社会を駆け巡り、彼の「名声」は一転して「手抜き料理を高額で提供していた詐欺」にすり替わった。
彼の店は廃業に追い込まれ、彼はひっそりと姿を消した。
しばらくして彼の名前は世間に忘れ去れたが、なにかの拍子で思い出されるたびに、「インチキ料理人」という形容詞が必ず彼の名前に付随した。
最初の頃に彼を支持し応援していたグルメたちだけが、「腕の良い才能のある人だったが、惜しいことをした」と、いつまでも彼の名前を覚えていた。

真贋の判断能力の無い「平凡な人たち」にとっては、この料理人は最終的に「偽物」ということで終わった。
しかし「平凡な人たち」は彼の「評判」に対価を払って満足していたのである。
本質の価値を判断できず、「評判」で判断している側には責任が無いのだろうか。
彼を「平凡な人たち」に紹介する契機をつくった「真贋の解る人たち」にとっては、彼は永遠に「本物」なのである。