戦争に負ける「価値」

第一次大戦でのドイツの敗戦は、多くのドイツ国民にとって意外なものだった。
東部戦線ではロシア帝国を圧倒し、ロシア帝政崩壊後の内戦を制したボルシェビキ政権が一方的に休戦したので、領土を得た勝利状態だったし、西部戦線でもパリ近郊まで攻め込み、アメリカの参戦で独仏国境まで押し戻されたとは言え、ドイツ領内に攻め込まれてはいなかった。
しかし、物資も予算も払底していたところにアメリカが参戦したので、もう勝ち目は無いとドイツ帝国首脳陣は考え休戦を申し込んだけれど、アメリカがそれを拒んだことでドイツ帝国上層部は混乱し、11月革命の勃発によってヴィルヘルム2世がオランダに亡命してドイツ帝国は崩壊、臨時政府が英仏米に降伏した。
「勝ってるから、あと少しの辛抱」だと教え込まれていた多くのドイツ人は負けた気がしなかったので、多額な賠償金や領土の割譲は屈辱的であり、ドイツを滅ぼした11月革命を共産主義者とユダヤ人が起こしたという民族主義勢力のプロパガンダもあって、戦後のハイパーインフレによって生活に苦しむドイツ国民は反共産主義、反ユダヤ主義として右傾化していき、ついにはヒトラーの登場となった。
もしも現在のウクライナからロシア軍が撤退しても、あの時のドイツ国民と同様に、ロシア国民の多くは負けた気がしないのではないだろうか。
むしろ他国からの非難を屈辱と感じ、経済制裁による生活苦をもたらしたものとして反米・アンチNATOの意識が高まってロシア国粋主義に右傾化し、プーチンよりももっと過激な民族主義的リーダーを戴く可能性がある。
現在のドイツや日本が第二次大戦で国土が荒廃し多くの犠牲を払った「価値」のようなものに、思いを馳せてしまうのである。