君主制と切り離して皇室を守る

「天皇家」は日本書紀の成立した時からでも、既に1300年は経過しており、実在した可能性が学術的にも高いとされる崇神天皇からでも、1700年以上の歴史がある。
そういう家系を「文化遺産」として尊重する考え方を、僕は否定しない。
日本は汎神的習俗というプラットフォームの上に、仏教や儒教、道教といった輸入された思想を取り込んで独自のアップデートを重ねてきた柔軟な国であり、その原点の祭主として天皇を尊重することは、古代から伝わる国の個性の保存として、意味があると考えている。
古代から伝わる祭主が「男系の子孫」に限られるという仕様であるならば、それは文化遺産として守られるべき「伝統」と考えるので、天皇位の男系継承に異議を唱えるつもりは無い。
いっぽうで、西欧的な君主制としての「天皇制」は明治憲法発布から数えて、まだ133年の歴史しかない。この浅い歴史の「天皇」と古代から連綿として続く祭主としての「天皇」を混同することは、為政者の天皇利用に過ぎないし、祖先霊や皇位への冒涜ではないだろうか。(祖先霊を否定してしまうと天皇の存在意義も否定することになる)
男系継承のために旧宮家の末裔を宮家に復活させることは、祭主の儀式存続の目的においては有効と認めるけれど、主権在民という国家体制においても「象徴」として天皇を国家元首としている状態では、旧宮家復活のリスクを考えてしまう。
憲法に従い人権を守るのであれば、旧宮家の末裔によって宮家を創設するとしても、それは強制ではなく希望する者に限られる。
経済的にも社会的にも既に幸福な家であれば、人権を奪われ不自由を強制される宮家に敢えてなろうとはしないだろう。
それでも宮家となった家系は既に世俗にまみれ、皇室とは異質な家だと予測されるので、スキャンダルの発生源として皇室自体の存続にも悪影響を与えるリスクがある。
天皇とは祭主であり聖職者なので、国民は「汚れなき聖なるもの」を天皇やその一族に求めるから、一般国民では看過されるような汚点でも許されず、大きなスキャンダルとなってしまう。
結論すると、天皇制を終わらせ天皇家を守っていくようなアップデートを、僕は望んでいる。
よって、時宜にふさわしいアップデートを必要と考えるので憲法改正には賛成だけど、天皇の政治利用を強めるような改正案には、天皇家を守るために反対する。